思考が敵なわけがないー思考を沈めた先にある、思考 - Thinking Partner/フライデー
「思いの探訪=wander」の足跡を

思考が敵なわけがないー思考を沈めた先にある、思考

Friday

こんにちは。Thinking PartnerのFriday(フライデー)です。
頭・心・体△Trinity=頓智(とんち)
初めての方はこちら>>

フライデー
フライデー

「思考を手放しましょう」
「頭で考えるのをやめて、感性に従いましょう」

自己啓発やマインドフルネスの世界で、私たちはよくそんな言葉に出会う。
真面目な人ほど「思考=手放すべき悪」「エゴ=静めるべきノイズ」と捉え、頭の中を一生懸命に「無」にしようと試みているかもしれなし。
けれど、少し立ち止まって感じてみてほしい。

——思考は、本当に私たちの敵なのだろうか?

本来、思考とは人間に与えられた最も美しい「知性のキャンバス」であり、人生を豊かに彩る最高の相棒。

それを「考えまい」と力づくで消し去ろうとするのは、あまりにも勿体なく、そしてどこか不自然なことのように感じる。

「勝手に湧くノイズ」と「自発的に思考する歓び」

ここで静かに区別しておきたいのは、脳内を過ぎる「現象」と、私たちが主体的に行う「思考」は違うという事。

前に記事にした、「考え」と「考える」の違い。

あわせて読みたい
【本】考えすぎない練習|自動思考を止めるのはカンタンだった
【本】考えすぎない練習|自動思考を止めるのはカンタンだった

ふと意識に浮かぶ「どう思われるだろう」「成果を出さねば」「損をしたくない」といった焦りや不安。

これらは、あなたが『考えている』というよりは、過去の記憶や防衛本能が勝手に鳴らしている「脳内の自動通知」のようなもの。

通知が鳴るたびに深刻に受け止める必要はないのだろう。

それらはただ「あぁ、今日も鳴っているな」と優しく横に置いて、放っておく。

雑音としての思考が静まり、湖面が澄み渡ったとき。

その静けさの底から、ふわりと浮かび上がってくるものがある。

それこそが、「思考を沈めた先にある、真の思考」。

静寂のあとに訪れる、極上の知的探求

恐れや義務感といった濁りが消えたあとに残る思考は、あなたを苦しめるグルグルとした独り相撲ではない。

始まりがあり、終わりがある。

何かしらのゴールに至れる、気持ちのいい探索=Wander。

「この概念を、どう読み解いたら面白いかな?」
「世界をこんな視点で眺めてみたら、どう見えるだろう?」
「あのゲームのキャラクターは、どうして我を通しながら、ああも美しいのか」

それは、洗練された対話のように軽やかで、ただ純粋に知性を巡らせ、言葉や概念を紡ぎ出していく「極上の知的な遊戯(あそび)」。

直感(ひらめき)× 澄み切った思考(知性のあそび)

静寂の先に立ち上がるものが「身体的な行動」である人もいれば、私のように「思いっきり思考を巡らせること」、そのものが歓びであり、癒やしである人もいるだろう。

千差万別。

だからこそ、思考を敵視して封印する必要はないという事実を、私はここに置いておく。

「思考を手放した後に、また思考を選んでもいいのだ!」と。

ノイズ思考を沈め、クリアな頭で、今日も思いっきり思考をする。

考える葦である私達人間の、極上の贅沢ではないか。

などと、自惚れながら。

ー

ー

Time to Think?

言葉にならない思考や、混沌(カオス)のまま、セッションへお持ちください。頭・心・体Trinity△を整え、溢れるひらめきと出会う。それは、あなたの「圧倒的な創造性」と“遊ぶ”ために。
ABOUT ME
Friday(フライデー)
Friday(フライデー)
心理カウンセラー
思考の枠を外し、人が本来持っている創造的なパワーや可能性を静かに呼び覚ますThinking Partner=思考の伴走者。

毒親、いじめ、依存、離婚、再婚といったカオスを通る中でも、常にどこかで感じていた、ただ一つの真理。心理学、脳科学、哲学を巡る探求を経て、誰もが自らの内側に力(答え)を持っているという確信に至る。

海外生活の後、現在は湘南を拠点に、クリエイターや起業家といった、トップランナーが自らの感性と知性を研ぎ澄ますためのプライベートな空間を静かに開いている。

●2019年 カウンセラー活動開始
●1980年代生、バツイチ&再婚、子なし、湘南在住
記事URLをコピーしました