42歳。「私、愛されてなかった」と認めたら、ラクになった話

今日は、ちょっと私の過去の話を。
ウチの親はいわゆる毒親ちゃんでした。
「りんごとバナナどっちがいい?どっちでもいいよ♡」
って言われて、バナナを選んだら、
「違うでしょ!!りんごでしょ!!!」
って激昂される、みたいな(苦笑)
いつも、常に、どんな状況でも「お前が悪い」と一蹴され、彼らは話を聞く気はない。
否定されて、
彼らの理屈を押し付けられて、
行動を変えるまで責められ続けて、
物理的な攻撃もされて・・・。
なまじ、心理学を齧ったもので、「それでも、彼らなりの愛情だったんだ」と納得はしてないけど、そういう風で片付けてた。
けど、自己肯定感を育て始めて7年目。
心理カウンセラーとしての活動もあって、色んな角度から「自分」を見つめていて、
最近、「ただ存在するだけで価値がある」というのが、頭だけじゃなくて、”心”で実感できてきてーー。
そしたら、昨日。
「あれっ?私、愛されてなかったんじゃね(笑)?」と思って。
あの地獄のような日々。
その中でもあった、わずかな希望。
彼らなりの不器用さ。
許したい気持ち。
だから、「望む形ではなかったけど、愛されていたんだろう」という形に、粘土のようにペタペタと仕立て上げて。
けど
・
・
・
私、愛されてなかったよ。
お父さん、お母さん。
私、愛されてなかったよ。
だって、ただここにいるだけで、何もしなくても愛してもらえるんだもん。
今、それを体験しちゃってるんだもん。
あの時の私は違う。
私は、愛されてなかった。
愛されてなかった・・・。
でも、私の価値はあった。
価値。
変わらず、あの頃も今もある。
そう思ったら、ふっとラクになった。
なんだ。
私、まだ執着してたんだ。
親からの愛に。
苦笑。
でも、もういい。
何が愛なのかは、私が決める。
あの頃の私、愛されてなかった。
でも、価値は変わらずあった。
・・・あなたは、どう?
【あとがき】
「愛されなかったこと」を認めて、
「愛されること」から自由になった。
そんな、42歳の夏。
熱気に包まれた海辺に吹く、少し涼やかな風を感じながら。
なんとなーく思ったのでした。
ちゃん、ちゃん♪
今日の話は、この記事とも繋がってる感じ↓

それでは、また〜(*´︶`*)ノ”