「 家族 という最小単位の組織ですら うまくいかない 人」
「 家族 という最小単位の組織ですら うまくいかない 人は、どの組織でも上手くいかない」
これ、5年程前に某・有名人の方が言ってたんですよねー。
だから、家族と仲悪い女性は恋愛対象としてムリです、だそうです。
当時の私は、思いっきりグサーッと来ましたねぇ(>_<)
あぁ、私ってやっぱヤバいんだ…!!
って、自己否定しまくり。
今なら、レモンサワー片手に、
心理分析しちゃいますけど(笑)
“なんでこの人は、家族にこだわるんだろ。
家族というか、組織に帰属したいんだろうか。
相手にも、そういう人を求めるのはどんな心理だろ。
そもそもそれが気になっちゃう私は、どんな心持ちなんだろ”
などなどなど。
酔っ払ったポンコツの頭で、グダグダと( ˘ω˘ )
今日は、私と家族の関係についてのお話です。
私と親の仲の軌跡
ウチは暴力はソフトな方でしたが、
言葉と束縛と干渉が酷く、
生きる楽しみを奪われていく幼少時代でした。
小さい頃の様子は、こちらの記事をどうぞ。
イヤだイヤだと何度抵抗しても、
聞き入れてはもらえないんですよね。
それでも私には何処にも行く場所はなく、
毎日学校から帰って家を見る度、
ため息をついていました。
<私と家族の仲の軌跡>
誕生~20代まで:反抗
↓
23歳:最初の結婚をして、距離ができた&断る方便ができたので対立まではしなくなる
↓
29歳:カナダ留学をして意識が変わり、憎む苦しみから解放される
↓
30歳:離婚し、飲みに行ったり出かけたりして仲を改善する努力をする
↓
34歳まで:なんとなく、普通の家族っぽくなる
↓
34歳:二度目の結婚で揉め、家族の干渉癖が再発し問題に気付く
↓
34-35歳:私から距離を置く
↓
35歳:なぜ距離を置くんだと家族に問い質される ※今ココ
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カナダの留学後、恨む苦しみから解放されたのは、本当にラクでした。
恨む=他人のせいにする=他人軸、でしたからね。
そこまで来るのに30年。
その後の四年間、私の方から歩み寄っていたので、
表面上は仲が改善されました。
「女の子が欲しかった」
という母親の言葉を始めて聞いて、
”あぁ、愛されてたんだなぁ”
と感動したりね。
でも結局それは、私が家族の要求を受ける皿が広がっただけで、
彼らの枠から外れると言動を制限する、
干渉するスタンスは変わりませんでした。
反抗か服従しか、私達にはなかったんですねー。
その加減が違うだけ。
家族と幸せは別
反抗モード真っ盛りの時は、
感情的に家族が嫌い、
家族がしんどい、家族が憎い、
と思っていました。
その時ですら、”幸せになるには家族と仲良くなれなきゃいけない”
って、どこかで思っていました。
でもね。
たくさん勉強したり、
カウンセリングやセミナーを受けたりして
自己肯定感を上げていって、
どんどん自分の心に素直になっていったら、
ふと気付いたんです。
ムリなもんはムリじゃね?って(笑)
そしたら、パーッて未来が開けて、
アレがしたい、コレがしたい、
あぁ、幸せだわ~…って、
何これ、これが幸せか!
初めての感覚!興奮!
みたいな感じになりました。
あっ、別に親と距離を置くのが”正解”という話ではないですよー。
私らしいのは、そうでしたってお話。
この先どうなるかも、分からないです。
ひょんな事で仲良くなるかもしれません。
ただ、家族主義が幸せを阻むというのはあるから、
別の道もあるよって耳元でコソッと伝えたかった。
これは、カウンセリングの特徴にも書いてますねー。
「極端にいえば、親の事を許さなくても幸せになれるという事です。」
まとめ
「家族という最小単位の組織ですら上手くいかない人は、どの組織でも上手くいかない」
これは、とても興味深いお話でしたー。
5年経った今でも覚えていて、改めて考察しちゃうくらい(笑)
いつかお会いしたら、直接話してみたい。
皆さんは、どうです??
グサッと来ましたか。
鼻クソほじりながら、流し読みしましたか。
(淑女の皆さんは鼻クソほじらない・笑)
色んな想いがあると思いますー。
もしグサッと来ても、
大丈夫だからね。
幸せになる方法は、いくらでもあります。
カウンセリングなんてのも、
いいらしいですぞー(思いっきり宣伝・笑)
何でも活用しちゃってください。
カウンセリングでも、
本を読むでも、ヨガをするでも、
何でもいいから、
自分に合った方法で、
”自分らしさ”を発掘していきましょー(*´ω`*)
幸せになる覚悟を持って、ね。